セルジオ・オリバの魅力

スポンサーリンク
スポンサーリンク

伝説でしょう、彼は

オリバのポーズ。

ボディビル好きな人なら誰でも知っているポーズ。

そう、1960〜70年代に活躍したビルダー、

セルジオ・オリバのポージングです。

160px-Sergio-Oliva

上腕を高々と上げた、彼独特のポーズです。

圧倒的な上腕の筋肉によってできるポージングです。

規定ポーズにはないですが、オリバのポーズといえばこれです。

とにかく70年代のビルダーでは類を見ないほどの筋量の選手でした。

生い立ち

1941年7月4日にカリブ海に浮かぶキューバの首都ハバナで生まれました。

1959年にはカストロが主導するキューバ革命で、キューバは社会主義体制に。

国民は政府にコントロールされ、強制労働も強いられました。

この状況にオリバは耐えきれず、亡命することを決意しました。

当時、オリバと同じように政府のやり方に耐えきれず、亡命を試みる人も多かったようです。

イカダで脱出を試みる人もいたようです。

オリバはイカダが転覆すると、サメから逃げ切れることはないことを悟り、イカダでの脱出を断念しました。

彼はスポーツチームに入れば脱出する機会があるのでは、と考えました。

様々なスポーツの経て、彼は「ウェイトリフティング」に出会います。

めきめきと頭角を現し、国内のヘビー級で優勝し、1961年にはキューバ代表になります。

ジャマイカで開かれたバン・アメリカン大会に出場し、

オリバはこの時が亡命のチャンスだと思ったそうです。

オリバはジャマイカのアメリカ大使館に亡命し、彼はキューバから脱出します。

フロリダに護送されたのちに、イリノイ州のシカゴに移住します。

そこで元ミスター・アメリカのボブ・ガイダに出会い、ガイダから指導を受けてボディビルをスタートします。

やはり運命というものはあるんでしょうかね。

ウェイトリフティングで基礎的な筋力があった彼は、ボディビルの大会ですぐ活躍をし始めます。

ミスター・シカゴ、ミスター・イリノイ、ミスター・アメリカで優勝すると、

1966年にはミスター・ワールドとミスター・ユニバースでも優勝し、

アマチュアのタイトルを総ナメしてしまいました。

そう、残るはオリンピアのみです。

 無敵2代目オリンピア

1965年からスタートしたオリンピアは、ラリースコットが優勝し、

翌年も優勝して彼は引退しました。

イケメンのラリー・スコットとは違い、怪物級のフィジークで現れた

オリバは衝撃的なものでした。

オリバは1967年のオリンピアに出場し、見事優勝しました。

この時にやったポーズが上腕を高々と上げた「オリバポーズ」です。

さらに衝撃的なのは翌年68年オリンピアでした。

オリバの怪物的なフィジークにみんなが恐れをなして、

まさかの全員欠場、不戦勝によるオリンピア制覇でした。衝撃でしょ。

17

アーノルドとの対決

オリンピアを2度制覇し、翌年の68年にはあのアーノルド・シュワルツェネッガーが挑んできました。

アーノルドも規格外のサイズを誇り、オリバとのバルク対決でした。

結果はオリバの勝利です。

アーノルドがプロに転向後、彼を負かした唯一のボディビルダーです。

Sergio-Oliva-sergio-04

オリバよ永遠に

オリバはキューバ脱出や人種差別などから、非常に多くの障害を乗り越えてきました。

ウィダーと契約し、トレーニングし放題だったアーノルドと比べ、長時間労働を強いられた

オリバ。

そんな状況の中でも、怪物級の肉体を誇ったオリバはもはや神話的な存在です。

今ではオリバの息子がボディビルダーとして活躍しています。

1396401

2012年にオリバは永眠しましたが、彼の強さを超えるようなビルダーになって欲しいですね。

スポンサーリンク
スポンサーリンク
スポンサーリンク
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

LINE始めました
LINE始めました 友だち追加
スポンサードリンク

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です